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OPAMブログ

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大分のアート立国、文化リテラシー物語  その十五

寄稿 2014.07.28

ミヤケマイ 《 窓 / Floating Scholar's Table 》 2011年・ミクストメディア インスタレーション photo:繁田 諭

ミヤケマイ 《 窓 / Floating Scholar's Table 》 2011年・ミクストメディア インスタレーション photo:繁田 諭

 武蔵野美術大の前期授業の最終講義は「ミュゼオロジー入門」。美術館、博物館の専門職員である学芸員=キュレーターに就くための国家資格取得に必修な科目の第一授業で、基礎の基礎である。一般的に「博物館概論」と称する学校が多い。
 
 僕がそこで、学生たちに再度念押ししたのは「ミュージアムは楽しい場所、癒やしの場所、くつろぎの場所であるし、もっともっとそうなるべきだ。だけれど、単なるテーマパーク、ましてやショッピングセンターでは絶対にない」ということだ。

 これは大分の新しいミュージアムも全く同じで、僕はそこが単に人が集って、気楽に交流し合い、にぎわいがあって、くつろぎがあるだけで良いとは、絶対に思ってはいない。

 やはりミュージアムの最終目的は見えないもの、「精神的な価値」である。ミュージアムとは、美しいものや驚きを与えてくれるもの、さまざまな「訳の分からないもの」に出合って(他者も自分も全ての人生も、皆謎に包まれた訳の分からないものだから)それを「面白い」と思えるようになるような「人間革命の場」であり、そのように間口は広いが奥が深い「人生体験の道場」なのである。

 一人一人が自分なりのやり方で「不思議で面白い、今まで見たことのないもの」を見て、触れ、それによってクリエーティブに開かれ、「自分の中のアート」を探し出して、開拓し合う「美的体験」こそがミュージアムの全てである。

 そのためには名画名品すら、それを見ることだけが最終目標ではなく、美に触れ、打たれ、その果てにある「いかに美的に生きるのか」という深い問い掛けに動かされ、新しい、面白い人間として生まれ変わることがミュージアムの醍醐味なのである。だから県立美術館の最終目標は、大分県人が日本一面白い県民に生まれ変わること、その百年の計なのである。

 さて、前回は県立美術館の巨大アトリウムに展開するオランダ対日本の二大先端デザイナーの競演「ユーラシアの庭」、マルセル・ワンダース氏と須藤玲子さんを紹介した。今回はもう一人の招待アーティスト、登り竜のごとき、八面六臂の活躍を見せるミヤケマイさんを紹介しよう。巨大アトリウムの西壁面で、彼女に大分にちなんだユニークな作品制作を委嘱しているからだ。

 彼女は若手だが、一言でいうと、日本文化の伝統的な美意識を現代のグローバルな感覚で形象化している最先鋭だ。というと昨今の現代美術の一群の作家たち「ネオ・ジャパネスク」の仲間うちに思われそうだが、実はそういう連中とも一線を画して孤軍奮闘を続けている。

 オーストラリアで育って英語も流ちょうな国際人だが、日本古来の茶や古美術に子どものころから触れていて造詣も深い。年中行事、節句の室礼など、ユーラシアの伝統をうまく取り入れながら、現代の若者感覚で縦横にもじって、軸物仕立てにしたものなどで評価を集めた。ジュエリーや酒、着物など企業とのコラボレーションもすこぶる多い。何と小説も「三山桂依」の名で書いている。

 今回、西壁を見上げるかたちで「世界各地の鳩時計」をアートにする作業中である。「なぜ、鳩時計?」と僕は問うた。彼女にとって鳩時計とは、それぞれの家庭の食堂ダイニングによくあるもので、一家だんらん、世界恒久平和の願いの象徴だからということだ。

 僕はそれをミュージアムの壁に持ち込もうという大胆なプランに「さすがミヤケさん、いいね」とうなずいた。そこには「日本一面白い県民になる」大分のための鳩時計も登場する。乞う、大々ご期待!


 新見 隆(にいみ りゅう)
 県立美術館長
 武蔵野美術大芸術文化学科教授

大分合同新聞 平成26年7月28日朝刊掲載