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大分のアート立国、文化リテラシー物語  その二十七

寄稿 2015.07.20

 20日で開館記念展の第1弾が終了する。県内の小学生全員招待の大プロジェクト「小学生ファーストミュージアム体験事業」も無事終了し、次は夏の企画「『描(か)く!』マンガ展」と「進撃の巨人展」のダブル開催だ。これまでの総入館者数が20万人を超え、本当に大きな反響に迎えてもらって感謝している。
自主企画の「『描く!』マンガ展」は、戦後の漫画カルチャーを作家と「描いて楽しむ読者」に視点を置いた驚き満載の展覧会であり、大分から始まり全国のミュージアムに攻め込む。
 日田市大山町出身の諫山創さんによる「進撃の巨人」は人間自らの内部に潜む「もう一人の人間=怪物」が成長し暴れる「共食い」物語と僕は見ていて、現代社会の病理をドラスチックに表現している話題作だ。
ところで13日の地震にはびっくりした。夜中に大きな縦揺れで驚いて起き上がったが、夢のようでしばしぼうぜん。頭を切り替え、すぐ美術館に行って、展示作品や収蔵庫などを確認しようとしたら、加藤康彦副館長が既に一番乗りで、巡視中だった。
 全ての作品はピクリとも動いていない状態で全くの無事。最新の建築技術を駆使した21世紀ミュージアムだけあって、「免震構造」の完璧さが証明された。
 3階の空に開いた「天庭」から三日月を眺め、加藤さんと「ペリーさんが来て、大分の地霊が驚いたんでしょうか?」とちょっと不謹慎な冗談を言い合った。前日に日米草の根交流サミット大会のゲストだった、黒船のペリー提督の子孫がミュージアムを訪ねて、「素晴らしい」と言ってくれたその夜中だったからだ。
 私事で恐縮だが、武蔵野美術大出版局から「キュレーターの極上芸術案内」という小著を出してもらった。ニューヨークやパリ、東京、京都などさまざまな街を巡ってのアートと音楽、そして食に関する旅エッセーで、大分の章もある。
私の所属する芸術文化学科でも表象文化論「アート&イート」という食と芸術の関係を論じる講義を半期受け持っている。簡単に言うと、クリエーティブに食べるとはどういうことかを皆で考える。
描かれた食や書かれた食など、アートや文学に表れる食の風景を見ていくと、芸術家たちは決して食べることを、単に味覚の喜びや栄養の享受とばかりには受け取っておらず、むしろトラウマや死への恐怖など人間存在の最も深い謎の中で捉え直そうという真摯(しんし)な態度が見て取れるのである。来年秋に向けて、僕らは「食べる」というテーマを取り込んだ、驚きに満ちた複合的な展覧会を準備中だ。
 大分のコレクションの中にも、僕の好きな福田平八郎の大胆なデザイン的試み「鱶(ふか)の鰭(ひれ)と甘鯛(あまだい)」、人間存在の深さや悲しさをえぐった髙山辰雄の名作「食べる」などがある。
 それに加えて、陶芸や竹工芸なども「食」をテーマにすると、生活芸術の在り方や東西の違い、お茶、お花など、さまざまに面白い「審美的な運動」そのものを総合することができる。
 これは一種、かつて豊臣秀吉が主催して千利休もその参謀として参加した、京都・北野の大茶会に倣った「大分大茶会」のもくろみなのである。
 そうした試みの布石として日田の名匠、宇治山哲平の「多色多彩な交響楽的絵画」を基に、その絵の「空気感」を料理化したイタリアンの梯哲哉シェフと社会福祉法人博愛会の大段(おおだん)広美シェフのコラボレーションである「宇治山哲平風、牛豚両味の大分しいたけチャーハン」が県立美術館内のカフェ・シャリテで実現した。収蔵品の「質感」を料理に置き換えた世界初の「ミュージアム・カフェ・メニュー」だと自画自賛している。

新見 隆(にいみ りゅう)
県立美術館長
武蔵野美術大芸術文化学科教授

 大分合同新聞 平成27年7月20日朝刊掲載

宇治山哲平「童」(1972年、県立美術館) カフェ・シャリテの「しいたけチャーハン」。提供は31日まで
宇治山哲平「童」(1972年、県立美術館) カフェ・シャリテの「しいたけチャーハン」。提供は31日まで