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OPAMブログ

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「アートも食も」 県立美術館長の大分ビーナス計画 その二

寄稿 2016.07.16

新見隆「身体のパフォーマンスを行うOPAM招待作家のスティーブン・コーヘン」

新見隆「身体のパフォーマンスを行うOPAM招待作家のスティーブン・コーヘン」

先日、ある展覧会のオープニングで知人から「復興支援で大分に旅行しようと思って検索したが、九州一円満杯で予約を取れなかった」と言われた。まあそれだけ利用してくれる人がいたら御の字だなと思った。
梅雨の合間の9日、「弥生のムラ国東市歴史体験学習館」であった来日中のスティーブン・コーヘンのワークショップに行った。それとは別に、僕の心を打ったのは安国寺の弥生遺跡に残された、装飾土器の大がめを幾つか組み重ねて子どもを埋葬したものだった。
こんな古い時代から人間はその生命の尊さに、そして死後の魂の不滅に思いを寄せていたのかと心が熱くなった。それこそ文化以外の何ものでもない。
スティーブンと数年ぶりの旧交を温めた車中で、話題はやはり欧州の移民問題や英国のEU離脱、彼の暮らす南アフリカ(世界で1番貧富の差が大きい国とは彼の弁)、内戦、軍事紛争、テロの絶えないコンゴなどのアフリカの現状、そして米国の警官による黒人射殺と暴動の話だった。
僕の友人誰もが口をそろえて言うのが「日本が世界で1番平和な国」。授業で学生には「これは決して褒め言葉じゃなく、そういう世界の惨状や危機に無縁な能天気な国民という警告でもあるのだよ」と言っている。
2度目の来日のスティーブンにとって、日本のさまざまな繊細な文化やきめ細かな感受性に富んだ暮らしぶりは、彼のような特殊な感性を持ったアーティストにとって「天国に映る」らしい。やはりわけても「大分人は特別に繊細でクリエーティブ」というのは、ワークショップ参加者の高い意欲とモチベーションだけのことではないだろう。翌10日には、OPAM(県立美術館)で2回目のワークショップを行った。
「あなたの存在、その今ここにあるという奇跡のようなことを最も大事に丁寧に体全体で感じ、それを素直に楽しくユーモラスに表現する」。これがスティーブンが自らの表情、声、全身を駆使して、参加者に伝え続けたことであった。参加者も彼の欲求に応えて、体の底からそれぞれいろいろな何かを発信し続けた。
これこそ「皆が学び、皆がアーティスト」という、来る2018年の国民文化祭の目指すべき「全県挙げての、全県民のための五感を駆使したアートの学校」そのものではないのだろうかという思いを新たにした。
帰りがけに菜食主義者のスティーブンに、僕の大好きな別府の名店「友永パン」に寄ってクリームパンを食べさせた。「まさに食べる宝石。今までに食べたお菓子の最高峰」(彼には何度も「古い昔ながらの日本のパンだ」と言っても、「これはケーキだ」と譲らない)と嘆息しながら、ゆっくりゆっくり、実に目をつむってかみしめ、体全体で味わってくれた。
OPAMでは、17日と18日の午後1時から4時までスティーブンの展覧会エンディングパフォーマンスがある。皆さまどうかご集散あれ。
 

新見 隆(にいみ りゅう)
県立美術館長
武蔵野美術大芸術文化学科教授

 大分合同新聞 平成28年7月16日朝刊掲載