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OPAMブログ

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「アートも食も」 県立美術館長の大分ビーナス計画 その十三

寄稿 2017.01.14

桑島孝彦さんの「竹田イタリアン弁当」を描いた新見館長のドローイング

桑島孝彦さんの「竹田イタリアン弁当」を描いた新見館長のドローイング

昨年末のクリスマス明けの12月26日から1泊2日で竹田の若い人たちに招かれて「幽閉されに」行ってきた。最近の竹田は面白い。たぶんそれ以外の地でも「大分別府一極集中」に対抗すべく、盛んに若い文化の担い手が育っているのが昨今の大分の面白さだろう。
ニットアートの竹下洋子さん、「癒やしの服」を掲げるファッションの鶴丸礼子さん、彫刻の森貴也さんらが続々と拠点を設け、書家で古建築リノベーターの草刈淳さん、「透明人形彫刻家」の2人組オレクトロニカの加藤亮さんと児玉順平さんら竹田アートカルチャー軍団と一緒になって新しい動きをつくっている。
カフェで町を盛り上げる西田稔彦さんは、JR竹田駅の改札でチェックインする、新しいタイプの古民家ステイを構想中だという。
豊後南画のリーダー田能村竹田の住んだ旧竹田荘の望楼のような画室から初めて見た、盆地の起伏に沿った竹田の懐かしさは無類だったし、裏山に開けた庭の空気はいつ行っても清らかだ。キリシタン遺跡はクリスチャンの僕にとっては先人への思いというより、人間が生きる基本的戦いの墓標でもある。
「五感の町竹田」では、県立美術館(OPAM)が作品を委嘱した作家のミヤケマイさんを滞在させてもらい、珍しい「ミント味落がん」を開発してくださった「但馬屋老舗」の繊細で美意識の行き届いたカフェでゆったりもした。
今回何よりびっくりしたのは「オステリア エ バール リカド」という地産地消イタリアンを1人で切り盛りする俊英の桑島孝彦さんの「竹田イタリアン弁当」だった。
シシ肉のギョーザ、川魚のエノハを焼いて山芋と混ぜて揚げた春巻き、ブリの南蛮漬け、ゴボウのピュレをのせた鶏ハム、小粒でしっかりした味の凝集した野菜類。まさに滋味と野生にあふれていてクリエーティブであり、「弁当狂」の僕を満喫させる逸品だった。
仕事も忘れてはいけないわけで、初日にはすてきに使い込まれた旧市立図書館で「ポストモダンの時代と地域復興文化のルーツをたどる」と題し、老若男女30人余にレクチャーした。
内容は欧州の世紀末や、戦後にテクノロジー優先で疲弊した近代文化を再生させようとする、対抗文化(カウンターカルチャー)の根を見いだすというもの。大分市で面白いカフェ古書店「カモシカ書店」を営む岩尾晋作さんの肝いりだ。終わりには竹田の未来像についての議論が白熱した。
翌日は旧市街の町家を見事にリノベーションした明るいギャラリーで、子どもたちや家族の皆さんと絵を描いて楽しんだ。
こういう機運がいろいろな町全体、県全体に広がれば、必ずや大分は面白くなるという確信を持った幸せな滞在だった。
僕の古里尾道には画材屋や、今の若い人は知らないだろうが、作家の個展などもやる画廊喫茶が点在し、何かというと「絵のまち尾道」と称し、老若男女のスケッチ大会が年中あった。小学校で褒められ、威張れるのは1番に「絵がうまい子」であることだった。
故郷出奔者だが、そういう「体に染み付いた古里感」は坂の起伏と海の照り返し、造船所のドックのつち音、海岸の潮の匂いとともに今の僕を培っている。
そう思って大分市内に帰り、美術館アトリウムの積み木で遊ぶ子どもたちを見ながら、僕は「この場所とこの体験が、彼らの古里となるのだ」という思いを新たにした。

新見 隆(にいみ りゅう)
県立美術館長
武蔵野美術大学芸術文化学科教授

 大分合同新聞 平成29年1月14日朝刊掲載