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OPAMブログ

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人生、祭り、遊びがすべて

寄稿 2018.01.25

 年頭に、これはどうしても、書かないといけないことがある。
 この日曜に、古里尾道の大先輩である、大林宣彦監督と、iichiko音の泉ホールで、対談した。
 大林さんは、郷里の大先輩であるだけでなく、映画監督、作家、芸術家として、文化の世界の、偉大なる先達でもある。
 映画会社に属さず、作家として表現を追う、インディペンデント映画の草分けでもあり、衝撃作「HOUSE」以来、「時をかける少女」をはじめとした尾道三部作で国民的映画監督として知られるし、大分では、臼杵の植樹祭の演出いらい、名作「なごり雪」など、ご当地もの、「ふるさと」ものを製作して、大分との縁もすごく深い。
 「芸術家の、一番大事な特性は、怯えること、そして世界に対する畏れを、いつも抱いていることでしょう」、そうポツんと言われたことが、深く心に残って、僕自身戒めもし、今年の座右にしようと思ったことだ。   
鼎談の翌日、OPAMに来てくださり、「美術館は、良いですねえ、皆が、にこやかに、笑って、和んで、楽しんでいる。これが、平和の元でしょう」とも言われた。
 僕らは、広島県人として、戦争、そして原爆を絶対に、許さない。人類全体が、犯した罪だ。監督は、「人間は、いつも、人と自分を比べて、競い合う。そしてそれがやがて、戦争になる」と繰り返される。大林監督のお父さまは、自らすすんで、軍医を志願された方だという。
 監督の新作映画「花筐」にも、感動した。齢八十で、「肺がんと共生してます」とおっしゃる監督の、シュルレアリズム的手法、幻想美満載で、圧倒的に楽しめるのだ。
 無頼派の名匠、檀一雄原作で、戦争直前の唐津の、若者たちの焦燥と蹉跌を、描いたものだ。
 そのメッセージは、盛り場の女の叫ぶ啖呵、「唐津んモンが、命かけるのは、山引くときだけじゃ」という叫びではないだろうか。戦争に対する拒絶、政治や、制度や、社会の決まり事に対する、強烈なアンチテーゼに、胸が熱くなった。
 そうだ、「人生、祭り、遊びがすべて」だ。
 オランダの歴史学者、ナチスに抵抗し続けた、ときくホイジンガは、戦争直前に、「人間の活動のなかで、もっとも知的で、創造的なものとしての、遊び」を書いた。『ホモ•ルーデンス(遊ぶ人間)』である。
 さあ、我々大分も、いよいよ「国民文化祭」本番だ。
 僕は、若いパワーと語らって、「大分、旅するシューレ」を始めた。移動する、誰でも参加出来る、自由大学みたいなもので、各地を回って、そのキャラバンのなかで、新しい地域起こし、土地起こし、「ローカル•ミーツ•グローバル(地域が、世界に出会う)」、という文化を考えていこう、という会だ。キック•オフは、12月に竹田でやった。
「たびするシューレ」http://tabishure.blogspot.jp/
 次回は佐伯で、僕が「佐伯の町ぜんたいをマリン•ミュージアムにしよう」を前座でしゃべり、後半は、「日本一文化的な市長、田中さんに、きく」を、カモシカ書店の岩尾君が、やる。こう、ご期待、必ず、あなたの町にも、近々、参りますよ。