OPAMブログ

大分のアート立国、文化リテラシー物語  その二十六

寄稿 2015.06.29

 東京国立博物館から借りた長谷川等伯の国宝「松林図屛風(びょうぶ)」の展示が21日で終わった。僕は館内を回っていて、何人もの人に「すごかった、ありがとう」と声を掛けられて大変うれしかったし、面はゆくもあった。僕ばかりが宣伝広報のためにメディアに露出しているが、ミュージアムは大きな船団、県芸術文化スポーツ振興財団の佐藤禎一理事長をはじめ、100人近いスタッフ皆のお手柄だからだ。
 21日は父の日であり、来館者の中には年配の男女や芸術緑丘高の生徒、妙齢の着物姿の女性もいた。広瀬勝貞知事の考えた、県立美術館(OPAM)が老若男女全ての県民の「自分の家の居間に」というコンセプトが、今まさに現実のものとなりつつあるという実感があった。
 今回の開館記念展「モダン百花繚乱(りょうらん)『大分世界美術館』」にはさまざまな反応、意見を来館者から頂いている。その中に若干「絵画や工芸が混在して展示してあって戸惑った」というのがあった。僕は思ったんだが、こういう感想はもしかしたら、実は「美術館に通い慣れている美術ファンの方々」に意外にも多いのではないかということだった。
 日本のミュージアムは、欧州で生まれた美術館の考え方、つまり作品を時代や国、ジャンルごとに整理する、見せるという基本的な「分類型」を踏襲してきた。1980年代以降の急速な開館ラッシュで誕生した地方の県立近代美術館も、例外なくほとんどがそういう展示をしている。
 だから「美術館通」であればあるほど、そういう「ジャンル別」展示に慣れていて、絵画や工芸が混在して、しかも東西、時代も飛び越えて隣り合っているという今回の展示はやや奇異に思われるかもしれない。
 ただ、例えば誰か個人のアート・コレクターの家に招かれて行ったとすると、そこではほとんどがジャンル別に並べられていたりはせずに、そのコレクターの心の琴線に触れた古今東西の工芸、写真、アートなど交じり合って「その人のテイスト」で組み合わさり、「独特の空気感」を演出している場合がある。
 一点一点の名品をじっくり満喫してもらうことはもちろんだが、一方で誰かも言っていたが、僕らが目指すのはそういう「取り合わせ空間の妙、その空気感」であるわけだ。
 僕らが目指す新しいタイプのミュージアムは、極端に言えば、「わび茶の大成者、千利休が考え出した茶室でさまざまな道具を取り合わせ、めで楽しみ、そして人と人が深く交わって、お茶を飲む、宇宙に遊ぶ、童心の世界とそのしつらいの空間」そのものである。
 これも誰かが言ってくれたことだが、つまり今までのミュージアム体験を「静」と言うならば、僕らが提供する新しい体験の仕方はむしろ「動」であって、というより、これこそが本来は日本文化固有のアートの楽しみ方だったのだ。それが「古今東西唯一絶対無二の、今までになかったミュージアム」という意味の真相である。
 だから「松林図」に見入る多くの人が、その正面に飾ってあったターナーの最晩年の抽象化した2点、その東西対決に息づく空間こそ、「古今東西、史上初空前絶後」のものとして、必ずや「体で吸って帰って」もらったものと僕は信じているのである。そして、もちろん皆さんはもう分かっているだろうけれど、「百花繚乱」というのは大分の土地柄と風土が持っている多様さ、外来のものを広く取り込んで混ぜ合わせて消化してきた伝統、それらの「大分らしさ」をそのままミュージアム化したものである。

新見 隆(にいみ りゅう)
県立美術館長
武蔵野美術大芸術文化学科教授

 大分合同新聞 平成27年6月29日朝刊掲載

開館記念展「モダン百花繚乱『大分世界美術館』」の展示風景=撮影・新名康行
開館記念展「モダン百花繚乱『大分世界美術館』」の展示風景=撮影・新名康行

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