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「坂茂建築展」とは何だったのか?

展覧会 2020.07.04

社会的役割を実行する「天命」

大分県立美術館開館5周年を記念し、同館設計者で世界的建築家・坂茂の展覧会「坂茂建築展―仮設住宅から美術館まで」が開かれている(同館で5日まで)。閉幕を前に同展を企画した宇都宮壽主幹学芸員が同展の意義について寄稿した。

「坂茂建築展」とは何だったのだろうか? 2014年に建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞を受賞し、世界を舞台に活躍する坂茂という建築家の活動の全貌を紹介するだけの展覧会だったのか。

もちろん業績紹介の側面はあるが、単なる建築展ではなかったと考える。展示空間に並ぶ建築物の写真や映像、実物大のモックアップ(模型)から建築家の枠を超えた一人の活動家、(国籍や民族にとらわれない)コスモポリタンの姿、そしてそれを生み出す思想や哲学を共有する試みだったと思う。

では、坂の思想や哲学とは何だろうか? それは「自分の軸で考える」と「天命を全うする」―の二つだと考える。自分の軸で考えることは既成概念にとらわれず、通説に迎合せずに、常識を疑って考え、本質を捉え、判断することである。

坂にとっての「自分の軸」とは、「この社会には何が必要なのか?」「自分には何ができるか?」「自分は何をすべきか?」ということではなかっただろうか。そして常に頭にあったのは「命」という、人間や自然、地球、私たちを取り巻くものへの尊厳であるように思われる。それは、建築材に環境負荷の小さい紙や木を活用することや、土地に根差して共生する建築物の設計、災害支援の取り組みなどから感じられる。

会期中のインタビューで、最も印象深いプロジェクトについて質問された坂は、2019年に提案した「パーク・フュネレール」(パリ)という緑で覆われた葬儀場を挙げた。その理由について「葬儀場とは故人と最後のお別れをする大切な場所だが、実際はほとんど決められた手順でイベントのように執り行われている。このプロジェクトは、葬儀場のあるべき姿を提案したものである」と語っている。

「社会に対する自分の役割を心と頭で考え抜き、実行し続けること」―。これこそが坂にとっての「天命」である。

本展は「紙の構造」「木の可能性」「手で描く」「プロダクトデザイン」「災害支援」の5つのテーマで構成されている。この5つは、前もって決まっていたわけではなく、坂が社会に対して貢献し、建築家としての歴史を振り返った際に浮かび上がったテーマで、坂が自分で考え、全うしてきた天命の歩みである。

坂茂建築展は大分県立美術館でしか開催されない。ぜひ、会場で坂の歩みを体感してほしい。

(大分県立美術館・主幹学芸員 宇都宮壽)

▽観覧料は一般1,000円、大学・高校生700円。中学生以下無料。
 

「パーク・フュネレール」の完成イメージ図 ©ArtefactoryLab
「パーク・フュネレール」の完成イメージ図 ©ArtefactoryLab
「パーク・フュネレール」の完成イメージ図 ©ArtefactoryLab
「パーク・フュネレール」の完成イメージ図 ©ArtefactoryLab
「パーク・フュネレール」の完成イメージ図 ©Didier Ghislain Perspectives
「パーク・フュネレール」の完成イメージ図 ©Didier Ghislain Perspectives


大分合同新聞 令和2年7月4日掲載