佐藤雅晴 尾行―存在の不在/不在の存在 第3回
2021.05.22
国内外の情景を舞台に創作
闘病や被災経験を織り込む
佐藤雅晴は、2010年に10年間過ごしたドイツを離れ、日本に帰国。茨城県取手市に居を構えます。その直後から佐藤は、さまざまな出来事に見舞われます。まず、10年にがんが発見され、手術を受けます。幸いにも腫瘍は無事摘出され、転移も見られず、快方に向かいます。11年3月11日には東日本大地震に被災。13年、佐藤と同じアーティストであるパートナーがくも膜下出血で倒れますが、幸い発症時にそばにいた佐藤がすぐに対応したこともあり、手術を受けた後、無事回復します。
このように、プライベートではさまざまなことが起こりましたが、創作活動においては、国内外で広く作品を発表した時期でもありました。例えば、夫婦演歌「絆」(歌・長山洋子、影山時則)が流れる中、取手市の情景を舞台に天使と悪魔の姿をした男女が織りなすメロドラマを描いた「バインド・ドライブ」が第15回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品(11年)に選出されたことや、「ナイン・ホール 佐藤雅晴展」(川崎市市民ミュージアム、13年)の開催などです。
今会場では、このほかにも、東北大震災の被害から復活した福島のかまぼこ製造工場のだて巻き製造の様子を題材にした映像作品「ダテマキ」を展示しています。
次に「Calling」を紹介します。09年に制作されたドイツ編と14年に制作された日本編の2種類の映像作品です。いずれも実写映像を基に制作されたアニメーションで、人がいない空間に電話機の着信音だけが鳴り響く情景が描かれています。
ドイツ編は、日々の暮らしの中で気になった情景など12の場面がアニメーション化されています。日本編は、14年にニューヨークで開催された「Duality of Existence―Post Fukushima(存在の二重性―ポスト福島)」への出品に当たり、取手市を舞台に制作された作品です。
持ち主不在で鳴り続ける携帯電話やあるじ不在の部屋に鳴り続ける固定電話は、人の移ろいゆくさまやいずれは消えゆく人間の定めを暗示しているようでもあります。逆に、あるじのいない電話に鳴り続ける着信音は、物体としては消えてしまった誰かが、この世につながるために架電しているようにも感じられます。
「Calling」という言葉には、「神が宣言(call)したこと」という語源から「神のおぼしめし」「使命」「天職」という意味もあります。
ただ無人の空間に鳴り響く電話を映した作品ではありますが、見る者に、さまざまなことに思いを巡らせる不思議な魅力が内在されています。
(県立美術館学芸企画課長 宇都宮壽)
▽企画展「佐藤雅晴 尾行―存在の不在/不在の存在」(大分合同新聞社など共催)は、大分市寿町の県立美術館で6月27日まで。
観覧料は一般800円、大学・高校生500円。
佐藤雅晴 《バインド・ドライブ》(2010-2011年) |
佐藤雅晴 《ダテマキ》(2013年) |
佐藤雅晴 《Calling(日本編)》(2014年) |
大分合同新聞 令和3年5月22日(土)掲載