「イメージの力 河北秀也のiichiko design」寄稿記事【4】
2023.03.18
「船がいくから、昼過ぎか。」―ぼーっと海を眺めながら出航する船を見て、いつの間にか時間が経っていたことを知る。何も予定がない休日の情景でしょうか。
そんなのんきなコピーが添えられた1994年3月のポスターには、窓辺に「いいちこ」、その先には紺碧(こん/ぺき)のエーゲ海が広がっています。「いいちこ」とともにある至福のひととき。見ていると、ゆったりとくつろいだ気分にいざなわれるようです。
河北秀也は「私達がモノを評価したり、選びとっていく時は、つねに、イメージに左右されている」と著書で語っています。商品が売れるには、当然、その商品力が優れていることが大前提となりますが、その商品に対する良いイメージがなければ、人はその商品を手に取ることはありません。逆にどんなに商品力が優れていてもイメージが壊れてしまったら、見向きもされなくなってしまいます。商品力とイメージが車の両輪のようにそろわないと、商品が売れ続けていくことはないのです。
河北が「いいちこ」のポスターで狙っていたのは、このイメージを育てていくことでした。優しい酔いからおおらかな気分、そして幸せな気持ちへといざなってくれるお酒、そんな「いいちこ」のイメージを定着させることでした。
「いいちこ」のポスターは、しばしば広告らしくないと言われます。実際、ポスターの中のボトルと「iichiko」のロゴは、極めて控えめで、商品の説明もありません。何も知らずにこのポスターを見たら、お酒の広告であることさえ分からないかもしれません。
こうした手法は、これまでの商品広告の常識を根底から覆すものでした。しかし、河北には人の心を動かす「イメージの力」に対する絶対的な確信がありました。「いいちこ」のポスターから醸し出されている、ゆったりとくつろいだ雰囲気、見る人の心に深く染み入る癒やしのイメージ、それは紛れもなく「いいちこ」を飲む時の気持ちと通底するものです。私たちは、この河北がつくり出したイメージを通して「いいちこ」を知り、店頭に並ぶあまたのお酒の中から選び取っているのです。
宇佐で細々と日本酒を造っていた三和酒類が社運を懸けて発売した麦焼酎「いいちこ」は、こうして全国に名をはせるブランドになりました。
(県立美術館主幹学芸員 吉田浩太郎)
令和5年3月18日 大分合同新聞掲載