2020.06.11
大分県立美術館(大分市)で開催中の坂茂建築展の魅力について紹介する企画。国東時間(国東市)社長の松岡勇樹さんの寄稿を紹介する。
「坂茂ってどういう人?」
建築家坂茂と組んで数々のプロジェクトを手がけている大分県出身のランドスケープデザイナー、そして私達の友人でもある団塚栄喜に訊ねてみた。彼が言うには、「坂茂は正義の人である」そうだ。
これはなかなか重い言葉だ。団塚にしてもそうそう手放しでクリエイターを褒めることはないはずだ。しかも今の私たちが属する現代社会にとって正義のありかは最も見えにくくなっていることの一つでもある。 それならあえてこの「正義の人、坂茂」という予断を持って今回の展示を見てみよう。
坂茂は1994年ルワンダ難民のための住居シェルター開発をきっかけに、VAN(ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク、2012年NPO法人化)を立ち上げ国内外で被災者のための住環境支援を行なっている。彼はこう語る。「建築家は歴史的に特権階級のために建築を設計してきた。建築家はもっと一般の人々のために働くべきではないか。」
災害支援の一連の取り組みは弱者のための建築として社会的な評価も高い。これは確かに正義の一面である。しかしこの行為自体に正義のありかを留めておくのはいささか勿体無い気がするのだ。彼の建築で特徴的なのは自然素材の使い方と架構システム、そしてそのディテールが総合的に生み出す建築空間である。
災害支援の建築では現地で手に入る身近な材料を使って、熟練の技術無しに容易に作業できる工法・架構を提案する。これはまさにレヴィ・ストロースが言うところのブリコラージュ(ありあわせの道具材料を用いて自分の手でものを作ること/野生の思考)そのものではないか。それは災害時の仮設建築のみならず坂茂の建築全体をとおして現れてくる特徴だ。紙菅という工業製品を建築材料として用いる取り組みもしかりである。そういう意味で彼の仕事は現代社会の現場で生み出される野生の建築(知)と言えるだろう。
「野生の建築」はまた常に泥臭い仕事であるはずだ。地球環境や社会経済とその都度正面から向き合いながら格闘し試行錯誤する。そんな仕事を自ら引き受ける建築家は当代でも滅多にいないのだ。それは建築家個人が持つ優しさなのかも知れないし、誠実さでもあるだろう。そしてそんな坂茂流の筋の通し方がすなわち「正義の人」といわれる所以なのではないか。
(松岡勇樹さん 国東時間社長)
▽坂茂建築展は7月5日まで。観覧料は一般1,000円、大学・高校生700円、中学生以下無料。
「紙の大聖堂」模型 |
大分合同新聞 令和2年6月6日掲載