2021.06.12
県立美術館(大分市寿町)で開催中の「佐藤雅晴 尾行―存在の不在/不在の存在」(大分合同新聞社共催)。県立芸術文化短期大付属緑丘高(現芸術緑丘高)時代の同級生で、クリエーティブディレクター・県立芸術文化短期大非常勤講師の佐藤霧子さんに寄稿してもらった。
彼はいつも描いていた。薄暗い木炭デッサン室で、ペインティングオイルの匂いが漂う油絵科の実習室で。バドミントン部に所属し、生徒会の副会長も務めた。高校時代の彼は、真面目で努力家、穏やかで爽やか。自然体で誰とでも分け隔てなく接し、みんなに好かれる優等生。一口で言うと、少女漫画の主人公のようだった。
デザイン実習室にもよく顔を出していた。クラシックスタイルの油絵科とは違い、デザイン科ではエアブラシ、モザイク、コラージュなどの表現技法にさまざまなアイテムが用いられていた。彼は新しいものや手法に貪欲だった。自身の技法だけにこだわることなく、それを自分のものにしてしまう。高校、大学こそ絵画の道に進んだが、そこからデジタルアニメーションに移行していったのは自然の成り行きのように思える。
ホラー映画が好きだったという。ある時、彼が男子生徒と2人で地下通路を探検しに行った。腰まで漬かる地下水の中を懐中電灯一つで入ったが、だんだんと水位が上がり首元にまで達した時に、飛び交うコウモリと暗闇、身動きが取れなくなっていく状況に恐れをなして引き返した。未知なる世界を知りたい、想像の向こう側を確かめたいという好奇心や探求心にあふれた人でもあった。ドイツ時代の作品「Hair」や「Call」、「Clearman」などからは、その片りんが垣間見える。
高校卒業後、初めて彼の作品に触れたのは2016年の個展「ハラドキュメンツ10 佐藤雅晴―東京尾行」。この画面の向こうで起きていることは何なのか、ドキュメンタリーのようなフィクションのような、その間で移ろう風景をただ無防備に眺め、作品の前から動けなかった。
日常の風景の中で鑑賞者の心理に働きかける、ある意味“装置”のような映像作品は“間”を与えイマジネーションを刺激する。その想像の答えは用意されていないため、その間合いはおのおのでつくり、ぼんやりとした自分の記憶に組み込んだり、繰り広げられる風景に想像を膨らませたりして好きに漂う。それは鏡のようで、見る者の気持ちが反映され、時にはハッピーエンドに、時にはサッドストーリーに、感じたものが揺らぎ移り変わっていく。自由な想像の中に身を委ねる主張しすぎない芸術は彼そのもののようだ。
▽企画展「佐藤雅晴 尾行―存在の不在/不在の存在」は27日まで。
観覧料は一般800円、大学・高校生500円。
佐藤雅晴 《Hair》 (2009年) |
佐藤雅晴 《東京尾行》 (2015-2016年) |
大分合同新聞 令和3年6月12日(土)掲載