2021.10.01
中津市出身の洋画家・糸園和三郎(1911~2001年)の生誕110年を記念した「糸園和三郎展」が大分市寿町の県立美術館で開かれている。同館学芸員が見どころを紹介する。(4回続き)
戦後しばらく郷里中津で暮らした糸園は、1956年に再び上京しました。この頃から、「架」(55年)のような戦争に関わる作品が見られるようになります。
糸園は、この作品について、はりつけにされたのは自分自身であり、理由は、戦争を止めることができなかったからだと述べています。その苦悩が、時代の中で疎外される人間像と相まって、磔刑(たっ/けい)という形で示されたかのようです。この作品は、「鳥をとらえる女」(53年)や「壁」(56年)とともに57年の第4回サンパウロ・ビエンナーレにも選抜されるなどして、国内外で高い評価を得ました。
その後、50年代後半と60年代前半の内省的な主題の作品を経て、糸園は、68年に連作「黒い水」と「黄色い水」を発表しました。円すい型の帽子をかぶった人物やアメリカの国旗、画面を分断するような細い川などが描かれた、ベトナム戦争を扱った作品です。
「戦場の過酷な現実を表現する力は私にはない」と糸園は雑誌に寄稿していますが、余分なものをそぎ落とした緊張感のある画面からは、戦争に対する作者の強い思いが伝わってくるかのようです。この作品は、同年の第8回現代日本美術展でK氏(鎌倉近代美術館)賞を受賞し、翌年の第12回安井賞展にも出品されました。
晩年、糸園は、親友を失った第2次世界大戦を振り返り、「人が人を殺すというのは何とも嫌ですよ」と語っています。この気持ちがベトナム戦争で虐げられた人々への共感につながったのだと思われます。
本展では、「黒い水」と「黄色い水」の他に、73年前後に描いた同主題の習作「黒い鳩(仮題)」も出品しています。鳩は、糸園が繰り返し描いたモチーフの一つであり、大多数の作品では、自由や平和など肯定的なイメージを持つ鳥として描かれましたが、この習作では、人々を殺し、踏みつけるかのような、まがまがしいイメージの巨大な鳥として描かれています。糸園の強いメッセージが感じられる習作です。
(県立美術館学芸員 梶原麻奈未)
▽「糸園和三郎展」は31日まで。入場料は一般800円、大学・高校生500円。中学生以下無料。
《黒い水》1968年 神奈川県立近代美術館 | 《黄色い水》 1968年 神奈川県立近代美術館 |