須藤玲子 ≪ユーラシアの庭「水分峠の水草」≫ 2015年 |
自然と向かい合い、自然と自分との関係を考えることは、私の重要なテーマの一つであった。思い返せば若い頃、私はもっぱら花鳥風月を題材にした絵を描いていた。生まれ育ったのが小さな田舎町だったこともあり、日々の暮らしは、四季折々の季節の中、自然との対話そのものであった。そんな経験を経て、私は絵を描く事から遠ざかり、布づくりに携わるようになった。しかし森羅に対する畏怖と恋慕は今も続いている。
ここ大分は、九重山(くじゅうさん)を源として有明海に注ぐ、筑後川に沿って栄えたといわれている。九重町(ここのえまち)とその先の湯布院町との間には、水分峠(みずわけとうげ)がある。その名の通り、筑後川もこの峠から峰々の水を集め、有明海を目指し流れ下る。川の源には、清水が湧き出ていただろう。そして水草が、川面一面を占めていたに違いない。
川の流れは人を原始の自然へと誘う。人々は川へ引き寄せられ、魂は遥か天空を漂い、ここユーラシアの庭に到達する。ここは水分峠であり、同時にユーラシアの庭でもある。そして庭に浮かぶ物体は水分峠の水草であり、同時にユーラシアの森羅万象でもある。
(須藤玲子、2015年)
茨城県生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイル研究室助手を経て、株式会社「布」の設立に参加。現在取締役デザインディレクター。英国UCA芸術大学より名誉修士号授与。東京造形大学教授。毎日デザイン賞、ロスコー賞等受賞。日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術までを駆使し、新しいテキスタイルづくりをおこなう。作品はニューヨーク近代美術館 、メトロポリタン美術館(米)、ヴィクトリア&アルバート美術館(英)、東京国立近代美術館工芸館等に所蔵されており、代表作にマンダリンオリエンタル東京などがある。