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「2021コレクション展Ⅳ 池田栄廣生誕 120 年・吉村益信没後10年 革新と前衛の美術」【下】

コレクション 2022.02.04

吉村益信 大胆なパフォーマンス

 吉村益信(1932~2011年)は大分市に生まれ、1960年に篠原有司男や赤瀬川原平らと「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」を組織し、大胆なパフォーマンスで当時のアートシーンに鮮烈な印象を与えた。

 本展では62年の渡米から帰国後にかけてのライトアート作品や70年の大阪万博での活躍に注目し、展示構成している。また、吉村が晩年過ごした神奈川県秦野市のアトリエに残された作品や資料を特別に借用し、所蔵品とともに展示することで、点と点が線に、線と線が面へ広がるように、吉村の活発な活動の全容が俯瞰できるようになった。

 渡米期については、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にも収蔵されている石こうの立体作品「VOIDISM」からライトアートへの移行を、写真や展覧会の記録とともに振り返る。

 帰国後は「空間から環境へ」展(東京・松屋銀座、66年)、個展「トランスペアレント・セレモニー」(東京画廊、67年)などで、ネオン管や当時最新のテクノロジーを利用したライトアートを発表し、時代精神を先取りした。中でも代表作「反物質;ライト・オン・メビウス」は、68年の第8回現代日本美術展でコンクール優賞を獲得し、吉村の評価を確固たるものとした。本展では、雑誌や作家本人の原稿に加え、同作の前後に制作された多数の図面やスケッチを基に、作品の成立背景の分析を試みた。

 70年の大阪万博では、せんい館、日本館、古河館、おまつり広場など、実に多数のパビリオンや展示に参画し、斬新な展示を手掛けた。当時の会場の様子を画像や音源など、近年のデジタルアーカイブ化に伴い明らかになった豊富な資料を交えてご覧いただく。企画の遂行のために吉村が組織した「貫通」の功績からは、実現しなかったプランも含めて、グラフィックやデザインの仕事にも注力していた吉村の姿が見て取れる。

 吉村の軌跡は、メビウスの輪のように終わりも始まりもない、探究の繰り返しといえる。それは野心的な前衛精神と、作品を成立させる技術的革新に支えられている。これまで「ネオ・ダダ」としての活動や、71年に発表した豚の剝製を用いたパロディー的な作品により認知されることが多かった吉村について、今回の特集展示を通してより深くその実験精神を知っていただければ幸いである。


(県立美術館主任学芸員 木藤野絵)


▽県立美術館(大分市寿町)のコレクション展4「革新と前衛の美術」は2月14日まで。観覧料は一般300円、大学・高校生200円。中学生以下無料。

《反物質;ライト・オン・メビウス》構想スケッチ
《反物質;ライト・オン・メビウス》構想スケッチ
展示風景。手前が《反物質;ライト・オン・メビウス》
展示風景。手前が《反物質;ライト・オン・メビウス》