コレクション展Ⅰ「楽しむ近世絵画」寄稿記事
2023.06.03
日本の「近世」とは、安土・桃山時代から江戸時代までを指します。今回特集している近世絵画は、江戸時代後半(18~19世紀ごろ)に描かれたものを中心に紹介しています。
徳川幕府が治めた江戸時代は、約300年続きました。この間、戦争はなく、特に文化が成熟した時代です。「近代的自我」とはよくいいますが、当然ながらこの江戸時代にも「近世的自我」の芽生えがあり、文学や芸術に主張されました。これを促したのは、中世から近世へと大きく転換した当時の思潮でした。
信長も秀吉も仏教徒の反乱に悩まされましたが、徳川家康は儒学(朱子学)を治政に取り入れました。儒学は、社会や政治における人間中心の倫理観を持つ、いわば人間主義(ヒューマニズム)の思想です。中世の「厭離穢土・欣求浄土」という現世否定、人間否定の仏教思想とは全く異なっていました。
儒学の学派の中でも、江戸初期に幕府が採用した朱子学(南宋・朱熹の学問)は、人間の心の動きに現れる「情(欲)」を否定する厳格な側面がありました。しかし江戸後期になると人欲をも肯定する陽明学(明・王陽明の学問)が盛んとなります。こうした時代の思潮の中にあった近世の知識人、表現者たちは、詩文書画にさまざまな個性を発露していきました。
本展で紹介している近世絵画の中でも、当時の文人たちが描いた南画(文人画)には、近世的自我が顕著に見て取れます。豊後南画の祖と称される田能村竹田の作品には、自然の中、友と詩画を論じ、琴を奏で、酒や煎茶をたしなむ様子が描かれています。帆足杏雨の作品には、意のままに気持ちよく昼寝をする人物。岡田半江は、素朴な農村風景の美しさに目を向けました。どれも人間の理想や自然美を個性豊かに、自由にうたい上げています。
江戸時代の美術の性質は、大きく雅・俗に分けられ、南画は「雅」のハイカルチャーに属します。難解な側面はありますが、近世知識人の理想を描いていると分かれば、現代の私たちにも共感できるポイントが見つかるはず。明治維新から150年ほどがたつ今、近代化は環境問題や民族紛争など、さまざまな社会的課題を生みました。近世と現代では、社会体制が異なるという前提はありますが、近世絵画と対話してみることで、何か一つでも明日へのヒントを見つけていただきたいと思います。
(県立美術館 主幹学芸員 宗像晋作)
令和5年6月3日 大分合同新聞掲載
帆足杏雨《花鳥山水図押絵貼屏風》(部分)1857(安政5)年 寄託品 |
岡田半江《山水画帖》(部分)1836(天保7)年 |