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鄭東珠 開廊20周年 情熱の軌跡展

寄稿 2023.10.06

一つの平面に強烈な情念、情熱
湯布院町2会場で「鄭東珠 情熱の軌跡展」

「鄭東珠(チョンドンジュ) 開廊20周年 情熱の軌跡展」が由布市湯布院町の由布院アルテジオ美術館と由布院鄭東珠作品室の2会場で開かれている。24日まで。入場無料。県立美術館学芸企画課長の宇都宮壽さんの展評を紹介する。

鄭東珠は、幼少期から画家を志すが、若い頃は仕事をする傍らで創作をする日々を送る。その鄭が、40代の頃に残りの生涯を創作にささげる一大決心をする。その後は、金や銀を用いた琳派風の絵画や、雪山や雪が舞いしきる街並みを幾重にも描き込み、描き抜き、平らな画面に果てしないほどの時空や人々の営みを映す大画面の作品を創作。また正方形の画面に絵の具と筆に加え、のみも使い渾身の力を振り絞って創作した抽象絵画、書家ではない画家が描く独自の「書」世界など、一心不乱に取り組んできた。

アルテジオには、油絵を描き始めた20歳頃の3作品をはじめ、転機となった40代から近年まで43点の作品が展示され、創作の変遷を追うことができる。一方、作品室には、近年の作品35点が展示されている。静謐(せいひつ)ながら、見る者を画面の奥深くまで誘うような深さと強さを秘める「墨象『古里の山河』」や「心音『さざ波』」、静かにしかし雄弁に物語を語りかける「パリの空の下」や「不二山」のシリーズなどの絵画と、軽やかではつらつとし、さまざまに表情を変える書。白壁に黒柱、李朝の家具などが配され、心地よい独自のアジア的時空を体感できる。

具象と抽象、絵画と書など、表現スタイルや手法は、年齢や新たな境地の獲得に挑戦し続ける中で変化していく。しかし、どの作品にも共通しているのは、一つの平面に自身の思いや世界観を映し切ろうとする強烈な情念や情熱ではないだろうか。

よわい75を迎えるいま生み出される作品は、若き日の創作への強い思いをなおたたええつつも、それが「情念」から「情熱」に、高らかに生をことほぐがごとく明るく、そして強く昇華していくからこそ、見る者を引きつける。

キンモクセイの香りも心地よい秋の由布院で、ぜひ、鄭の創作の全貌を体感いただきたい。
 

鄭東珠 《新墨象「古里の山河」》
鄭東珠 《新墨象「古里の山河」》
鄭東珠 《墨象「空」》
鄭東珠 《墨象「空」》


大分合同新聞 2023年10月6日朝刊掲載